文豪 司馬遼太郎が歩いた竹富島

The Gothic Study - The Private Library of William Randolph Hearst
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日本文学界の至宝、司馬遼太郎も八重山諸島を旅しています。

街道をゆく第六編では竹富島を訪れ、竹富島を一目見た印象を、「カレー皿を伏したような形をし、海から直接樹木が繁茂しているようだ」と言っています。
竹富島はサンゴ礁が隆起した島で、ほとんど起伏といった起伏もないことから来る表現ですが、言い得て妙とはまさにこの事。
逆にいうと風雨には晒され放題ということになりますから、台風に備えるためのサンゴの石垣と、瓦を漆喰で固める民家の造りは自然と共に生きる竹富島の人々の知恵なのでしょう。もっとも、歴史的には赤瓦を漆喰で固める屋根は比較的新しく、茅葺屋根の方が歴史は古いといいます。

また、司馬遼太郎の見聞録から、竹富島に脈々と受け継がれる言い伝えをご紹介します。
まずは仲筋御嶽に祀られている神様のお話。
竹富島は石垣島や西表島とちがい、山や川がなく、その年の気候によっては干ばつに苦しめられることもしばしばだっといいます。
ある年のこと、例年にない大日照りで村人たちが困っていたところ、ある老人の飼い犬がどこかで体を濡らして帰ってきたそうです。
海に入ることは考えられず、あくる日にこっそり犬の行方を追ったところ、地面から水が滲みでている所で犬が涼んでいたそうです。
そこで老人は地面を掘ってみたところ、ありがたいことに水が湧いてきたそうです。
早速村人たちを呼び集め、井戸として整備し、飲水や総作物のための十分な水が確保できたそうです。
そうして飼い犬とともに村を救った老人は神格化され、仲筋御嶽の鎮守の神となったそうです。

竹富島をはじめ、八重山諸島の島々には神聖な場所として御嶽がいたるところに設けられていて、いまでも島の人達の心の支えとなっています。私達のような観光客は、はじめてみる御嶽に感動するまでは良いとしても、あくまで島の人達の聖域ですから、ずかずかと踏み込むようなことはあってはならないというわけです。

もう一つのエピソードは、竹富島の展望スポット、「ンブフル展望台」にまつわるもの。
一説によると、牛達が一夜にして築き上げた丘ともいわれるンブフル展望台ですが、司馬遼太郎氏の街道をゆくでは、牛の背に刈り草を積んだような姿から、「牛岡」という字をあてられ、島の言葉でこれを「ンブフル」と読むのだそうです。

現在も展望台として竹富島の名所ですが、かつても倭寇の見張り所があったそうで、倭寇の屋敷跡などもある、遺跡としての側面もあるとのことです。

竹富島を特集した旅行ガイドなどを見ても、そこまで掘り下げて紹介しているものはなく、実際訪れた暁には、ただ景色に見とれるだけでなく、悠久の時間の流れも感じてみたいと思います。

司馬遼太郎氏のおかげで、ひと味ちがう予備知識を得られ、旅行先の表面的な部分だけでなく、歴史や成り立ちを知ることも面白いと感じます。

早く、現地を訪れてみたいものです。そして、旅先から戻ったら、その感想なども追記していけたらと思います。